kur0cky

こんにちは

足を速く"した" 話

こんにちは,kur0cky です. そしてこれは,Sansan Advent Calendar 2021 の19日目の記事です.

内容を3行で

  • the 不健康である私がランニングにハマりハーフマラソンに出た
  • 情報収集して evidence based なトレーニングをしたら目標タイムを軽く上回った
  • 実践に活かした論文を紹介する

長めの前書きと導入

去年のアドベントカレンダーを書いてから,1年間投稿がありません. 勉強会に登壇したり会社のブログを書いたりはしていましたが,学生の頃はもっと色々やっていたような気がします. 体力に身をまかせるのもそろそろ仕舞いにしないといけないかもしれません.

そんな2021年でしたが,一つ趣味が増えました.ランニングです. これ以上趣味が増えると命を削らないといけません.

思いつき

恥の多い生涯を送ってきました. 私には,健康な生活というものが,見当つかないのです. 中学の頃には運動部に所属していたこともありました. しかしそれきり,1kmも走ることなく,酒を煽り,泥のように眠り,怠惰な生活に明け暮れていました. 動かすのも指先と口先ばかり,私は不健康を体現する人間として次第に完成されていったのです. 継続は力です. そこそこにあった筋肉は影も形もなく,夜を徹することもできなくなってきました. 身体だけでなく感情の起伏も薄くなってきたように感じられました.

夏の晴れたある日,むせ返るような暑さのなか,渋谷の人混みをかき分け友人とショッピングに出かけていました. 逃げ込むように入ったスクランブルスクエアにはナイキが入っており,ふと目を挙げると,普段なら意識もしないような筋骨隆々としたマネキン達が目にとまりました. あぁ,綺麗にライトアップされたこのウェアも,私には似合わないのだろうな,と思ったその時,場を持たせようとサービス精神がふと口を衝いて出てきました.

「足の速い奴ってモテたよな」

その日は珍しく思いつきが形になりました. 店員さんの言うがままシューズとウェアを購入し,気がつくと満足げにウイスキーを飲んでいました. 振り返ると,何か無意識の抑圧が警鐘を鳴らしていたのかもしれません.

何はともあれ,私は翌日最初のランニングへと足を運びました. 息を荒げ休憩を挟みながら走ったのはたったの3km. 心拍数はあっという間に190になり,休憩を除いたペースは6.5分/kmでした. その日は筋肉痛で動けませんでした. 三日坊主でも良いか,そう思いましたが,その翌日には走っていました.

〜中略〜

1ヶ月後,気がつくとハーフマラソンにエントリーしていました.

焦り

ノリでエントリーした瞬間,言語化できない焦りから,脳は快楽に包まれました. 気を取り直し机に向かい整理したのが以下です.

  • 心肺機能がもたない
  • 負傷するかもしれない
    • 不健康体がいきなり走り始めたわけですので,おじいさんのような脚を怪我する可能性がありました.
  • そもそも走りきれない
    • 当時,1回の走行距離は最長でも8kmほどでした.21kmは想像もできません.
  • 足が遅い
    • 出るからには遅すぎるのは嫌でした.

良い歳した大人のアプローチ

今年で27になりました.もう良い大人です. 良い大人の良いところは,経験豊富なことです. 焦りは認識と対策の不足,期待に対する不確実性からくることを知っていますので,まずは情報収集から始めました. 厳密な定義は避けることにし,簡単に整理します.

よく知られるトレーニン

  • ジョギング:会話が続くぐらいゆっくり走る.気楽
  • ペース走:一定のペースで一定の距離を走る.息ははずむ
  • ロング走:20~30km などの長い距離を走る.ハーフマラソンには不要
  • インターバル走:一定ペースで一定距離,速く走るのと遅く走るのを繰り返す.キツすぎる.やりたくない
  • LSD (Long Slow Distance):ジョギングよりも遅く,長時間走る.楽しいが足きつい
  • 筋トレ:マッチョ

3つの心拍数

  • 最大心拍数:最大限追い込んだときの心拍数.ノイズは入るがスマートウォッチで何回か確かめる.
  • 安静時心拍数:座ってtwitterを眺めているときの心拍数
  • レンジ:最大心拍数 - 安静時心拍数.ここをどのぐらい攻めるかが運動の強度

パフォーマンスと密接に関わるらしい数値

  • VO2max:最大酸素摂取量.エネルギーを燃やせる限界に相当する
  • AT値:無酸素性閾値.ここを超えると無酸素運動になり続かない
  • LT値:乳酸性閾値.乳酸を再代謝できるペース.AT値とほぼ同じっぽい
  • ランニングエコノミー:出力と酸素消費の比率.いかに省エネで走れるか

取り組み

ここからは,ズブの素人がいかにして効率良く足を速く"した"かを共有しようと思います. あくまで素人です.いくら文献を引いているとはいえ間違っている可能性はあるのでご注意を.

立てたトレーニング戦略

webの記事やYoutubeを色々と漁りましたが,結局何をすべきかうまく pooling することはできませんでした. そこで,信頼すべきはやはりサイエンスだろうということで,9月ごろからスポーツ科学の論文を読んでみることにしました. その結果,最も意識すべきは,VO2max を伸ばすことだと判断しました.

VO2maxが有酸素運動のパフォーマンスに最も影響するということは,様々な研究で共通していました. Pate and Kriska (1984) は,有酸素運動のパフォーマンスを説明する3つの主要因を組み込んだモデルを開発しています. それは,VO2max,LT値,ランニングエコノミーです. このモデルは,Hoff et al. (2002) や Helgerud (1994) など後の多くの研究結果によって指示されています. また,このなかでも VO2max が最も重要な要素であることが指摘されています (Saltin, 1990). さらに,上述のLT値も,VO2maxに応じて変化するとのことです (Mcmillan, 2005). よって,VO2maxさえなんとかすれば息切れは解消し,より楽に走れるようになると考えました.

VO2maxを向上させるには,どのようなトレーニング戦略をとれば良いでしょうか. 多くの研究では,インターバル走が適していると結論付けられています (Astorino et al., 2017; Milanović et al., 2015). また,後で紹介する Helgerud et al. (2007) では,インターバル走以外の持久トレーニングは効果が無いとさえありました.

ランニングエコノミーについては,細胞内のエネルギー向上であるミトコンドリアの増加による代謝向上,筋肉の剛性・柔軟性向上による弾性エネルギーの効率化,フォームの効率化などが寄与するそうです (Hoff et al., 2002). フォームに関しては文字で読んでもよく分からなかったため,Youtubeで勉強することにしました.

後で紹介する論文も鑑み,結論として,以下のようなトレーニング戦略を立てることにしました.

【戦略】

  • 平日はインターバル走を,疲れているときはペース走かジョグ(5km程度)をする
    • 朝は起きれないので夜やります.仕事中にウェアに着替えておくと,退勤ダッシュできます.
    • 夜は倒れるように寝ます.
  • 週末は時間が取れる(本当か?)ので,LSDまたは長めのジョグをする.
    • 友人を誘いやすいのもよかった.
  • 走った次の日は休む
  • 練習前後に柔軟,ウィンドスプリントをする.
  • 余裕のある日に下半身の筋トレをする.
  • 膝が痛くなったら完治するまで休む.
  • お酒は我慢しない(超重要)

結果

まずは,apple watch が推定する VO2max の推移を載せてみます. トレーニングの甲斐もあり,レース直前までしっかり伸ばすことができました. 6月以前はまったく運動していないのでまともに測定できていませんね.笑

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そしてハーフマラソンでは,目標としていた2時間を切ることができました.

その時の記録がこちらです.これは参加者の上位36%のペースでした. 最初の3km走(笑)よりはるかに速いスピードです.

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すっかり走るのが楽しくなってしまい続けているわけですが,それ以外にもメリットはたくさんありました. ただ,デメリットもあるのでいくつか整理しておきます.

メリット

  • メンタルに非常に良い
  • 身体が絞られる
  • よく寝れる
  • 疲れにくくなる
  • 達成感がすごい

デメリット

  • 疲れる
  • 脚の色々な箇所が痛くなる
  • 走らないとストレスが溜まるようになる
  • 結構な時間が失われる

特に,メンタルへの効果は劇的なものがありました.

論文紹介(本題)

さて,ここからが本題です. 正直,私の特に面白くもない振り返りはどうでも良いです. 情報収集の過程で役に立ったと思う論文をかいつまんで紹介します.

1本目:Aerobic High-Intensity Intervals Improve VO2max More Than Moderate Training (Helgerud et al., 2007)

前述の通り,VO2max がマラソンのパフォーマンスに寄与すること,インターバル走はほぼ間違いなさそうでしたので,効率的に向上させるための練習を調べました.

背景・課題

  • VO2max向上にはインターバル走が良いという研究はたくさんある.
  • 異なる強度のトレーニングを,エネルギー消費量を合わせた上での比較はされてこなかった.
    • これは,仕事や私生活にできるだけ影響を及ぼしたくなかった私には大切な要素でした(効果がいくらあっても私生活に影響してはまずい).

方法

  • 被験者40人を4グループにランダムに分け,それぞれ異なるトレーニングを8週間行う.
    • 心拍数140程度の LSD 45分
    • 心拍数170程度の LTペース走 25分
    • 心拍数185程度の 15秒 インターバル走47回.間は15秒のゆっくりジョグ
    • 心拍数185程度の 4分 インターバル走4回.間は3分のゆっくりジョグ

結果

  • VO2max は 2つのインターバル走グループで有意に向上
  • 一方,LSDとLT群では VO2max に変化はなかった(HRmaxが70~85%のトレーニング).血液の拍出量が変化しない.
  • 15秒 の短いインターバルでは心拍数が上がりきらず,4×4min などのより長い時間のインターバルが推奨される.

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2本目:National Athletic Trainers' Association Position Statement: Prevention of Anterior Cruciate Ligament Injury (Padua et al.,2018)

レーニング戦略を組む上で,パフォーマンス向上の他に常に気にしなければならなかったのが,怪我への意識でした. 特に,膝周りには主要な靭帯が複数あり,最も故障しやすいことがすぐにわかりました. 予防のためのトレーニングを行うべく調査を進めたところ,国際アスレチックトレーナー協会が声明を出した論文として Padua et al. (2018) が見つかりましたので,これを参考にすることとしました.

背景・課題

  • 下半身の負傷はスポーツ関連の全負傷の66%を占めており,膝が最も一般的に負傷している関節である.
    • 特に重要で壊滅的な膝の損傷は,ACL(前十字膝靭帯)の損傷であり,生涯にわたって5000人あたり1〜5人のACL損傷が発生している.
  • ACL損傷の予防には多くの先行研究があり,多要素からなるトレーニングが重要だとされてきた.
    • 多要素トレーニングにより,ACL損傷リスクは 39%~73% 減少する (Sugimoto et al., 2012).
    • 単一の最適な予防トレーニングプログラムを特定した研究はない.
    • 中には検出力を欠いていたり,コンプライアンスが不十分である研究もある.これらを統合するメタアナリシスが重要である
    • 故障する可能性がある負荷を被験者にかけるのは倫理に反する.RCTはできない
  • それぞれのトレーニングはどのようなバランスで組み合わせれば良いかは不明である.

目的

  • 接触型および間接型の ACL損傷の予防に関する最新のベストプラクティスの推奨事項を提供する.
  • 多要素トレーニングプログラムを開発するための一般的なガイドラインを提供する.

  • 効果的な予防トレーニングプログラムの大半は、筋力、プライオメトリクス、敏捷性、バランス、柔軟性のうち少なくとも3種類の運動について、適切な運動技術に関するフィードバックを含む多成分の運動プログラムを組み込んだものである。

方法

  • 既存研究を網羅的にサーベイし,統合する
  • 既存研究で用いられている予防トレーニングを体系的に分類し,傾向を明らかにする

結果

ACL損傷を予防する効果的な多要素トレーニングプログラムは,下表のように整理されるとのことでした. プログラムを構成する個々のトレーニングは,からなり,これらから複数を組み合わせ,フィードバックをすることが重要であるとわかります.

  • 筋力
  • プライオメトリクス(筋肉の瞬発力)
  • 敏捷性
  • バランス力
  • 柔軟性

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Table. Common Types of Exercises Included in Multicomponent Anterior Cruciate Ligament Injury-Prevention Training Program(Padua et al.,2018)

また,この分類のより詳細としては,下表のように具体的トレーニングな網羅的にリストアップされていました.

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Table. Specific Strength, Plyometric, Agility, Balance, and Flexibility Exercises That Have Been Incorporated Into Multicomponent Anterior Cruciate Ligament Injury–Prevention Training Programs (Padua et al.,2018)

他の詳細な議論は省略しますが,結論として,以下の提言がなされていました.

  • 筋力,プライオメトリクス,敏捷性,バランス力,柔軟性 からすくなくとも3つ以上のトレーニングを選択肢,組み合わせる.
  • それぞれを15分以上かけ,本格的なトレーニングの前後に行う
  • これを週に2〜3回以上行う

おわりに

いかがでしたでしょうか. 私は4月の長野マラソンにエントリーしました.当たることを願っています.貴殿はいかがなさいますか?

良いお年を.

参考文献

  • Astorino, T. A., Edmunds, R. M., Clark, A., King, L., Gallant, R. A., Namm, S., ... & Wood, K. M. (2017). High-intensity interval training increases cardiac output and VO2max. Med Sci Sports Exerc, 49(2), 265-273.
  • Helgerud, J. (1994). Maximal oxygen uptake, anaerobic threshold and running economy in women and men with similar performances level in marathons. European journal of applied physiology and occupational physiology, 68(2), 155-161.
  • Helgerud, J., Høydal, K., Wang, E., Karlsen, T., Berg, P., Bjerkaas, M., ... & Hoff, J. (2007). Aerobic high-intensity intervals improve V˙ O2max more than moderate training. Medicine & science in sports & exercise, 39(4), 665-671.
  • Hoff, J., Gran, A., & Helgerud, J. (2002). Maximal strength training improves aerobic endurance performance. Scandinavian journal of medicine & science in sports, 12(5), 288-295.
  • Mcmillan, K., Helgerud, J., Macdonald, R., & Hoff, J. (2005). Physiological adaptations to soccer specific endurance training in professional youth soccer players. British journal of sports medicine, 39(5), 273-277.
  • Milanović, Z., Sporiš, G., & Weston, M. (2015). Effectiveness of high-intensity interval training (HIT) and continuous endurance training for VO 2max improvements: a systematic review and meta-analysis of controlled trials. Sports medicine, 45(10), 1469-1481.
  • Padua, D. A., DiStefano, L. J., Hewett, T. E., Garrett, W. E., Marshall, S. W., Golden, G. M., ... & Sigward, S. M. (2018). National Athletic Trainers' Association position statement: prevention of anterior cruciate ligament injury. Journal of athletic training, 53(1), 5-19.
  • Pate, R. R., & Kriska, A. (1984). Physiological basis of the sex difference in cardiorespiratory endurance. Sports Medicine, 1(2), 87-89.
  • Saltin, B. (1990). Maximal oxygen uptake: limitations and malleability. International Perspectives in Exercise Physiology, K. Nazar and RL Terjung (Eds.). Champaign, IL: Human Kinetics Publishers, 26-40.
  • Sugimoto, D., Myer, G. D., McKeon, J. M., & Hewett, T. E. (2012). Evaluation of the effectiveness of neuromuscular training to reduce anterior cruciate ligament injury in female athletes: a critical review of relative risk reduction and numbers-needed-to-treat analyses. British journal of sports medicine, 46(14), 979-988.